インドは巨大な象であるといわれます。そして、その研究は仏典(ウダーナ6.4、六度集経巻八など)に説かれる「群盲、象を撫でる」の譬え (andhagaja-nyāya) に似ています。研究者がいかなる方法・態度で、何を追求するかに従って、インドはその人に様々な姿を現すのです。

象のしっぽに触れた者が「象とは箒のようなものである」と言い、別の者が腹に触れて「象とは太鼓のようなものである」と言うのと同じように、インドあるいはインドを中心とした南アジアの文化現象を前にしても、その巨大な象の姿そのものを一度に捉えることは、我々の能力では不可能です。しかし、そうであるからこそ、文字通り手探りによって、我々自身にとって
の「インド」をそれぞれ捉え、提示して行かねばならないのです。そしてさらに、他者の抱いた「インド」を学ぶことによって自分の見解を検証し、再び対象に触れることによって、少しずつでも、巨大な象そのものに迫っていく。それが、インド文化学の研究です。

インド文化学が追っている巨大な象は、仏教やヒンドゥー文化の伝播に伴い、インド亜大陸のみならず、チベットや東南アジアなど、地理上南アジアに含まれない地域にまで広がるあらゆる文化現象を含みます。これを捉えるための方法として、これまで主に古典文献学的な手法、具体的には、一言語で著された文献の量では他のいかなる言語をも凌ぐといわれるサンスクリット文献の読解を中心にした六派哲学(ヴェーダーンタ学派・ミーマーンサー学派・サーンキヤ学派・ヨーガ学派・ニヤーヤ学派・ヴァイシェーシカ学派)やヒンドゥー教などの研究、さらにはそのサンスクリット文献に加え、パーリ語(南伝した仏教の正典言語)やチベット語、漢訳文献の読解をも駆使した仏教研究というアプローチが試みられてきました。これからもこのような文献学的な手法が最も重要な役割を占めるでしょう。

それに加えて、当研究室では以前から宗教学・社会学・文化人類学・言語学・美術史など隣接分野の方法論や成果を利用した形でのインド文化研究も試みられています。
 
ブッダは「群盲、象を撫でる」の譬えによって、自説を譲らず、自分の見解に固執する者たちを、「互いにことばの剣で突き合いつつある」といって諫めています。ブッダ自身は自分の残したことばの解釈を巡って、議論を戦わせる「仏教学」(インド文化学の一つの形です)には、顔をしかめるかもしれませんが、学問的に健康な議論であれば大目に見てくれるでしょう。たとえ「群盲」の中の一人であるにしても、できる限り大きな視点をとり、時間的にも空間的にも広大な広がりを見せるインドの文化から、現代の我々が学ぶべきことを正確に読みとり提示していくことが、インド文化学の prayojana(目的・意義)になります。

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インド文化学とは
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