つんどくほんだな

 

本を買って最後まで読むことが少なくなりました。これは散漫な読書と未読書の記録です。

最近は、本は買い集めることに意味があると考えるようにしていますが

大量のつんどく本を目の前にして、気が滅入ることもあります。

さきに読んで、内容を教えて下さるとありがたいです。

 

2007414

坂野潤治『未完の明治維新』ちくま新書,2007

自国の歴史のなかから民主主義的実践の伝統を掘り出して血肉化せよという著者の、『昭和史の決定的瞬間』『明治デモクラシー』に

続く三部作の完結編。「歴史を鏡に」するとはこうした能動的読解をさす。この三冊の翻訳を外国の友人にも届けたいものだと思う。

200721

ヤスパース『大学の理念』理想社,1952=1999

現実のキャンパスのなかで唖然とするような非大学的事実を見聞きするにつけ、大学人一人ひとりが心のなかに大学の理念を固守して

いなければとてもやっていられないと痛感する。著者のような哲学者が現われて、わが大学の総長になってくれたらよいのにと思う。

2004125

樋口敬二編『中谷宇吉郎随筆集』岩波文庫,1988

雪の結晶学で知られる著者1900-1962)によれば、科学研究には警視庁型とアマゾン型がある。予め犯人がわかっているのが前者、

行ってみなければ何が見つかるかわからないのが後者である。研究環境のせいにして研究を中絶してはいけないという話も心に響く。

2004117

林周二『研究者という職業』東京図書,2004

『崖っぷち』に感心していたら、某先生から本書を紹介される。大学教育など云々する前に、自分の研究を何とかせよということか。

時折醸す無邪気な東大教授臭を別とすれば、誠に尤もな指摘ばかり。でも実行は難しいから、二流以上の研究者はなかなか育たない。

20041028

丸谷才一『挨拶はたいへんだ』朝日文庫,2004

先日、後輩の結婚披露宴でいろんな挨拶を聴き、小生も二次会で乾杯の挨拶をさせられた。でもこんなうまい挨拶は誰もできなかった。

祝祭共同体を組織化する祝詞としての挨拶。『思考のレッスン』文春文庫,2002もそうだが、著者の文明批評には教わることが多い。

20041015

杉山幸丸『崖っぷち弱小大学物語』中公新書ラクレ,2004

題名に反して、これは極めて理想主義的な大学論である。弱小だけでなく、すべての大学の教員や職員、そして学生にもぜひ薦めたい。

もっとも、「お前の大学はこの本を読んで一緒に議論できそうな学生がいるだけ恵まれているのだ」という苦情も聞こえてきそうだが。

200498

平山洋『福沢諭吉の真実』文春新書,2004

前期の講義で『学問のすすめ』を取り上げたところ、何人かの優秀学生が「福沢は侵略主義者だと高校で習った」と拒否反応を示した。

本書はそうした言説状況の不均衡を一挙に回復するだけでなく、期せずして福沢以後百年間の思想の転変をたどる試みにもなっている。

2004810

小田中直樹『歴史学ってなんだ?』PHP新書,2004

歴史の見方をめぐる対立が国内外で深刻になるなか、著者は「コミュニケーショナルに正しい認識」をめざす歴史学の存在意義を説く。

事態はそんなに楽観できない気もするが、本書は「社会科学ってなんだ?」という質問にも手際よく答える楽しい入門書になっている。

2004528

小泉信三『私の履歴書』日本経済新聞社,1966

マルクス主義批判で知られ、慶応義塾塾長や現天皇の教育参与を務めた経済学者1888-1966)による、淡々とした筆致の時代の証言。

知的活発さと奇想天外さでは『福翁自伝』に数歩譲るものの、教育と社会に対するその熱誠はたしかに福沢の衣鉢を受け継いでいる。

2003108

ウルフ『リン家の人々──台湾農村の家庭生活』風響社,1968=1998

1959年から2年間、台北近郊の農家に住み込んだ人類学者夫人(のち人類学者)による、大家族の永続不可能性に関する観察報告。

「兄弟の結びつきは妻の愚痴に耐えられるほど強くない」というのは、エマニュエル・トッドのいう外婚制共同体家族の特徴だろう。

200351

安益泰・八木浩『リヒャルト・シュトラウス』音楽之友社,1964

韓国の愛国歌作曲者(1906-1965による師匠シュトラウス論。「芸術家はどうしても、社会と歴史の行方にふれた芸術思想が必要

であり、その芸術思想は社会と歴史をはるかに先取しなくてはならない」という言葉に、著者自身の音楽観が窺われて興味ふかい。

2003429

齋藤孝『質問力──話し上手はここがちがう』筑摩書房,2003

『「超」何とか法』や『何とか力』の類はふだんなら立ち読みで済ますが、これは『「超」文章法』に続く例外。うまい質問とは何かを

独自のパターン変数で分析していて、研究会のコメントや調査票の質問作りから面接やお見合い(?)まで、幅広く使えそうである。

2003129

松原隆一郎『失われた景観──戦後日本が築いたもの』PHP新書,2002

実家の近所の由緒ある料亭が身売りして、その森に高層マンションが聳えたころから、故郷の歴史に対する小生の愛着は薄れたと思う。

新婚の友人がそのマンションに入居したと聞いて批判の矛先が鈍ったが、この本の著者は悲憤慷慨、あくまでバーク流の景観論を説く。

2003128

アレン・S・ミラー/賀茂美則『日本、よいしがらみ悪いしがらみ』日本経済新聞社,2002

「社会学って何?」式の質問には未だにどぎまぎするが、これからは「社会のしがらみについて研究する科学」と答えることにしよう。

二種類のしがらみを分別し「よいしがらみ」だけを奨励することは著者が言うほど簡単ではないが、それは社会政策の課題でもある。

2002918

ホワイト『組織のなかの人間──オーガニゼーション・マン』創元社,1956=1959

科研費申請の季節を前にして、第五部「組織のなかの科学者」は申請する側も審査する側も必読。探究すべきテーマは「委員会」

ではなく個人が決めなければならない。個人は、組織に屈服することなく、組織を破壊するのでもなく、組織と戦わなければならない。

2002822

ワトソン『二重らせん』講談社文庫,1968=1968

弱冠24歳にしてクリックとともにDNAの構造を解明した著者による、息もつかせぬ失敗と成功の物語。しかし、何事によらず

歴史的真実は関係者の数だけあるものらしく、彼らに栄誉を「盗まれた」女性科学者フランクリンの立場からの証言もあるようだ。

2002726

シェイクスピア『リア王』岩波文庫,1606=2000

イグナティエフ『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ』風行社,1984=1999を読むためにあわてて本書を繙くのは、順序が逆だろう。

リーガン「必要あるかしら?」リア「自然が必要とする以上の物は許さぬということになれば、人生は獣同然、みじめなものになる。」

200273

片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』鹿島出版会,2000

中学時代に「景勝地としての八事」という論文を書いた小生は、本書11章「山林都市八事丘陵地の住宅地開発」を興奮しながら読んだ。

田園都市計画の元祖アンウィンの助言を得て構想された「山林都市」八事は、本書によって近代史のなかに正しく位置づけられた。

2002511

中井浩一『「勝ち組」大学ランキング──どうなる東大一人勝ち』中公新書ラクレ,2002

この10年間われわれの周囲で進行してきた教養学部改革・大学院重点化・独立行政法人化について、そういうことだったのかと納得。

改革の原動力は理念と利害の結合であるが、理念のほうについては、オルテガ『大学の使命』玉川大学出版部,1930=1996も参照。

200215

伊丹敬之『創造的論文の書き方』有斐閣,2001

研究の作法はマニュアル方式で教えられるものではなく、尊敬に値する先生や先輩の言行を通じて学ぶ論語方式しかありえないと思う。

高名な経営学者であり教育者としても一流らしい著者の言行を記録した本書は、マニュアル本を装いながら論語の風格も備えている。

20011227

玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安──揺れる若年の現在』中央公論新社,2001

失業というと団塊世代ばかり話題になるが、未来にとって重要なのは、彼らに機会を奪われてフリーター化する若者世代のほうである。

若者の心がけの問題ではなく社会構造の問題だと喝破したのはよいが、処方箋は人生指南に終始して社会政策に展開されないのが残念。

20011114

エスピン-アンデルセン『福祉国家の可能性──改革の戦略と理論的基礎』桜井書店,2001

またしても経済学の棚においてあるが、誰が何と言おうとこれはマクロ社会学の本である。BJSのミレニアム特集に寄稿された第6章は

全社会学徒必読(ただし翻訳にいくつか難点がある)。私たちも「われらの時代のヴェーバー」たらんことをめざしてがんばろう!

20011026

速水融『歴史人口学で見た日本』文春新書,2001

宗門改帳を駆使して近世の社会経済を生き生きとよみがえらせた著者が、パイオニアにしか書けない意外な話や納得話を披露する。

子どものころ名古屋の郷土史家だった小生としては、『寛文村々覚書』や『徇行記』が著者の研究に役立ったと知って嬉しく思う。

2001930

角田房子『碧素・日本ペニシリン物語』新潮社,1978

プロジェクトXという番組が50歳以上の人々の感動を呼んでいるが、彼らの健闘を称えるとともにその歴史的限界も知るべきだろう。

技術開発の1940年体制とも言うべき日本版ペニシリンの開発者たちは、しかしそれが後発国型の研究開発であることを自覚していた。

2001713

坂野潤治『日本政治「失敗」の研究─中途半端好みの国民の行方』光芒社,2001

ヴェーバーの客観性論文でも社会諸科学の例外とされている政治史という分野の本が、これほど面白く読めるとは思わなかった。

「失敗」も含めて120年余にわたる自国の民主主義の歴史に学び、民主主義を伝統化せよ、という主張は賛成できる。

2001616

足立巻一『やちまた』朝日文芸文庫,1995

本居宣長の長男で失明した春庭(1763-1828)の著書『詞の八衢』の成立史をめぐる人間模様を900頁にわたって描く。ちなみに小生は、

江戸期の国語学者は本草学からヒントを得たのではないかという仮説をもっているが、著者のように40年もかけて実証する根気はない。

2001612

最相葉月『青いバラ』小学館,2001

『絶対音感』で音楽の文化的意義を縦横に語った著者が、今度はバラの育種史を手がかりに科学の人間的意味について考察する。

植物生化学の歴史に興味をもった読者には、ビュンニング『ヴィルヘルム・ペッファー』学会出版センター,1975=1988もおすすめ。

2001528

新井潤美『階級にとりつかれた人びと──英国ミドル・クラスの生活と意見』中公新書,2001

ジェントルマン、ミドル・クラス、リスペクタビリティ、スティグマ。イギリスの階級・階層研究や市民権理論に出てくる

これらの言葉に、うんざりするほど瑣末で執拗な「階級意識」、階級への文化的なこだわりがまとわりついていることを知る。

2001528

カズオ・イシグロ『日の名残り』早川書房,2001

大英帝国の黄昏を、対独宥和派の貴族に仕えた執事の輝かしくもほろ苦い人生を通して描く。ケインズやベヴァリッジ、

T・H・マーシャルがどこから来てどこへと歩みつつあったのか、大きな屋敷のカーテンの陰から垣間見ることができる。

2001319

竹下登『政治とは何か─竹下登回顧録』講談社,2001

思想ではなく人柄、構想ではなく操縦を重視するのは、日本が「ビルの谷間のラーメン屋」だったころの政治芸術だろう。

しかし、その後ほかのモデルを見出ださないうちに、日本の政治はラーメンの味ばかり洗練させてきたのではないか。

2001120

白川英樹『化学に魅せられて』岩波新書,2001

科学について、研究生活について、大学のありかたについてなど、社会学者が書いたものより自然科学者が書いたものに

啓発されることが多いのはなぜだろう。本書に啓発されて「象牙の塔」という言葉をはじめて辞書で引いてみた。

200115

伏見康治『科学者と社会』みすず書房,1987

物理学の長老である著者によると、創造的な研究をするには、1)受験心理を脱却し「知らない」と平気で言えるようになること、

2)興味がないかぎり無愛想になること、3)他人の論文を読む前にまず考えること、が重要だという。思いあたるところがある。

20001020

南條竹則『ドリトル先生の英国』文春新書,2000

子どものころフィクション(作り話)より図鑑や統計や古文書が好きだった小生も、ドリトル先生シリーズだけは例外的に耽読した。

物語の舞台である19世紀イギリスを社会学的に探索した本書を読んで、その理由(単なる作り話ではないということ!)がわかった。

20001016

山下邦彦『楕円とガイコツ─小室哲哉の自意識×坂本龍一の無意識』太田出版,2000

故・柴田南雄の「骸骨理論」を発展させて小室サウンドの核心をとらえた本書は、理論というものがもつ普遍的な力を例示している。

しかし、「骸骨理論」の発明者を「坂本龍一の先生の高橋悠治のそのまた先生」と紹介するあたりは、日本的伝統の御愛嬌だろう。

2000105

クラーク『経済的進歩の諸条件』日本評論社,1940=1945

経済発展にともなう第一次産業から第二次、第三次産業への労働移動を「ペティの法則」と名づけた、産業構造の国際比較の古典。

訳者序文は昭和1912月付であり、戦争の狂気のなかで敵国人の浩瀚な実証研究を黙々と訳していた小原敬士氏の心中が偲ばれる。

2000103

ドゥロネ&ギャドレ『サービス経済学説史─300年にわたる論争』桜井書店,1992=2000

「サービス」は、現代社会のマクロな趨勢をとらえるうえで欠かせない概念でありながら、曖昧でわかりにくい概念でもある。

本書は、ペティからシュトルヒを経て、クラーク、ベル、ボーモル、ガーシュニーに至るサービス「社会学説」の系譜を展望する。

2000926

永井荷風『下谷叢話』岩波文庫,2000

荷風の外祖父・鷲津毅堂を中心とする漢詩人たちを描く本書は、幕末維新を通じて文化が一極集中していく過程も映している。

子どものころ名古屋の郷土史家だった小生としては、尾張の名立たる詩人がみな江戸=東京に出てしまったのが少し残念である。

200097

バーク『フランス革命についての省察』岩波文庫,1790=2000

喧伝される新教義を簡単には信じないぞ、というのは「反動のレトリック」に違いないが、新保守主義とは正反対である。

「補修を加える場合にも可能な限り旧来の建物に似せて行ないたい」という保守主義が、イギリスの美しい風景を守ってきた。

200094

ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義』講談社学術文庫,1922=2000

「非合法的恋愛の合法的な子供である奢侈が資本主義を生み出した」という命題の、絢爛豪華でとりとめのない論証。

ヴェーバーがもっぱら供給側から資本主義の成立を論じたのに対し、ゾンバルトは需要側から論じたということ。

200081

河合栄治郎『社会思想家評伝』日本評論社,1936

ベンサム、J・S・ミル、グリーン、ラサールの思想と人生。ラサールだけ唐突だが、マルクス、レーニンと続く計画だった。

末尾の著作目録には1938年に発禁となった著書も「絶版」として掲げられているが、この本はその後も生き延びたようだ。

2000725

清水幾太郎『倫理学ノート』講談社学術文庫,2000

諸学説の背後に多くの思想家の人生を描き出して、大河ドラマのように仕立てた連載思想小説。

悲惨とともに美徳の源泉でもあった飢餓から解放された福祉国家時代には、新しい秩序を与える道徳が必要である、と説く。

2000717

ワールドロップ『複雑系─科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち』新潮文庫,1992=1996

原著の副題は「秩序と混沌の境界に創発する科学」。独創的なアイディアが「創発」する現場を追体験させてくれる。

サンタフェに社会学者を呼ばなかったのはケネス・アローの考えだそうだが、賢明でもあり、残念でもある。

200078

河上徹太郎ほか『近代の超克』冨山房百科文庫,1979

情緒的で支離滅裂な論稿が多いなかで、諸井三郎(1903-1977)の音楽論だけが今でも読むに値する。

大河内一男を連想させる反ロマン主義的な文体で、ロマン主義と近代主義を両断し、新古典主義に希望を見いだす。

200073

メーダ『労働社会の終焉─経済学に挑む政治哲学』法政大学出版局,1995=2000

「労働」という近代社会の中心概念の自明性と、それを支えてきた経済学的思考を批判し、政治や国家の復権を唱える。

フランスの社会政策学者による意欲作だが、具体策となると情報公開とかワークシェアリング云々で目新しくもない。

200065

丸川哲史『台湾、ポストコロニアルの身体』青土社,2000

邱永漢の自伝的小説『濁水渓』や、台湾ニューシネマの代表作《悲情城市》《多桑》などの読解を通じて

日本人の著者が台湾(と日本)の「ポストコロニアル状況」を再構成して描き出す。巻末の総統選挙論はやや蛇足。

2000529

エスピン-アンデルセン『ポスト工業経済の社会的基礎市場・福祉国家・家族の政治経済学』桜井書店,1999=2000

この数年来、つねにわれわれの話題の中心でありつづけているエスピン-アンデルセンの初の邦訳。

経済学のコーナーに平積みされているが、これは間違いなくマクロ社会学者による第一級の成果である。

2000528

陳水扁『台湾之子』毎日新聞社,1999=2000

台湾の新総統による自伝と施政方針。『第三の道』に倣った「新中間路線」は俄かづくりだが、これほど清新な言葉で国民に

語りかける政治家は隣国日本にはいない。520日に行なわれた総統就任演説や、丸山勝『陳水扁の時代』藤原書店,2000も参照。

2000519

ヌスバウムほか『国を愛するということ─愛国主義の限界をめぐる論争』人文書院,1996=2000

愛国主義と世界市民主義をめぐって、アメリカの名立たる論者たちが論戦をくりひろげる。民主主義は愛国主義を必要とすると述べる

テイラーに条件付き賛成だが、情緒的に癒着して議論が成立しない「神の国」では、愛国主義など唱えるのは危険きわまりない。

200058

ミュルダール『社会科学と価値判断』竹内書店,1969=1971

社会科学においては研究の価値前提を選択し明示しなければならない、と説く福祉国家時代の客観性論文。

「福祉国家から福祉世界へ」という主張は、福祉国家の理念を途上国にも輸出しようということであって国民国家の否定ではない。

200051

紀田順一郎『東京の下層社会』ちくま学芸文庫,2000

資本主義的経済発展が不断に生み出す社会的不平等を緩和するのが国民国家の役目だとすると、この本が描く近代日本は

国民国家形成に成功していたとは言い難いかも知れない。荷風の『墨東綺譚(「墨」はさんずい)』に対する痛烈な批判を含む。

2000425

クーネン-ウッター『トクヴィル』クセジュ文庫,2000

比較社会学の祖にして福祉国家の先駆的提唱者でもあったアレクシス・ド・トクヴィル(1805-1859)の評伝。

人間社会の未来を洞察しようとする情熱とそれを抑制しようとする方法論の戒めが、トクヴィルを社会学者にした。

2000421

鷺沢萠『ケナリも花、サクラも花』新潮文庫,1994

韓国人の祖母をもつ作家の韓国留学記。簡単には共感できないところもあるが、簡単には共感できないところもある

親友の話を聞くようにして読むことができる。二つの国に住むさまざまな人々について想像をめぐらす。

200027

渋沢元治『五十年間の回顧』渋沢先生著書出版事業会,1953

著者(1876-1975)は渋沢栄一の甥で電気工学者。初期の電力行政を指導したことと、第二次大戦中の困難な時期に

名古屋大学初代総長として大学創設にあたったことで知られる。学者というよりは経営者であり、世慣れた外交家でもあった。

2000128

ヴェーバー『国民国家と経済政策』未來社,1895=1959

若きヴェーバーによる教授就任講演。『政治論集』に収められているが、むしろ「客観性」論文とともに読まれるべき方法論。

科学における「価値自由」は、政治における国民国家主義のゆえにこそ要請される。

2000120

後藤新平『日本植民政策一斑・日本膨張論』日本評論社,1944

著者(1857-1929)の唱える「生物学的」植民政策とは、要するに「ダーウィン=スペンサー社会学的」ということ。

冷酷な植民官はまた、日清戦争の賠償金を社会保険や救貧制度の創設に充てるべきことを提案した人でもある。

2000120

福武直『日本農村の社会的性格』東京大学出版部,1949

著者(1917-1989)の孫弟子にあたるN先輩から、著者の人格と福武学派の調査方法論について聴く。

日本社会の民主化のための農村民主化、その困難と可能性をさぐるための農村調査。

2000120

東畑精一編『農業における潜在失業』日本評論新社,1956

脱工業社会における労働について考えるとき、かつての農業における不完全就業の研究が参考になるのではないか。

経済学者や人口学者にまじって、若き日のロナルド・ドーア先生が「人口問題の社会的基盤」という論文を寄稿している。

2000118

永井荷風『江戸芸術論』岩波文庫,2000

鮮烈な西洋体験に由来する比較文化論としての浮世絵・狂歌・歌舞伎論、前衛を経由した保守主義。

「およそ果敢なく頼りなく望みなく、この世は唯だ夢とのみ訳もなく嗟嘆せしむるもの悉くわれには親し、われには懐し。」

 

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